伊波杏樹「Fly Out!! 〜Reach out your hand!〜」舞台は幸いなり

舞台人は幸いである。舞台に生きられるから。

舞台人は呪いである。舞台でしか生きられぬから。

 

去る2022年1月29日、伊波杏樹さんの、個人名義としては2年ぶりのライブイベントである、「Fly Out!! 〜Reach out your hand!〜」に行ってきました。ライブの感想がてら、過去2~3年間の伊波杏樹さんのご活躍について感じていることなどを記しておきます。

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私は過去3年ほどの、伊波杏樹さんの舞台はほとんど観劇しています。

  • Flying Trip Vol.14「アンチイズム」(2018)
  • 銀河鉄道999 さよならメーテル~僕の永遠(2019)
  • 朗読劇「私の頭の中の消しゴム11th Letter」(2019)
  • ミュージカル「ラヴズ・レイバーズ・ロスト-恋の骨折り損-」(2019)
  • DisGOONie Presents Vol.9「GHOST WRITER」(2021)
  • ミュージカル「INTERVIEW~お願い、誰か僕を助けて~」(2021)
  • ストーリー・コンサート『クララ-愛の物語-』(2021)
  • SF時代活劇『虹色とうがらし』(2021)
  • 僕のヒーローアカデミア」The “Ultra”Stage 本物の英雄 PLUS ULTRA ver.(2021)
  • DisGOONie Presents Vol.10 舞台「MOTHERLAND」(2021)

 

ラブライブ!サンシャイン!!高海千歌役を始めとするいくつかの声優の仕事や、快活で威勢のいいパブリックイメージとは大きく異なり、舞台での彼女はひと言で言えば闇です。白く大きな闇です。

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個人的にこの方は引退のその日まで追おうと決めた朗読劇

 

死や病、理不尽な苦境に遭う役があまりに多く、しかも信じられないくらい上手い。同じくあんちゃん推しの兄弟をミュージカル「INTERVIEW」に連れて行ったときは、眼前50センチを歩くところを見ても彼女だと気付かず、「綺麗な人だな、誰だろう?」と思ってしまったとのことです。変身ぶりに驚くとともに、終演後にずいぶんと悔しがっていました。

 

そういった役どころはご本人のパーソナリティと距離があるのかというと、私はそうでもないんじゃないかな?と思ってます。毎週ラジオ聴いてるけど、舞台の稽古から興行期間中は明らかにテンションが違うし、Twitterでのつぶやきも、興行中に役として書くときもふだんご自身について書くときも「一日一日を大切に」であまり変わらない。実は役とご本人はかなり近い。舞台役者としての顔を見るたびに感じています。

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今回のライブは、新譜Fly Out!!を引っさげてのライブであり、コロナ以降の本物の伊波さんを見られる、またとない機会でした。

ここで思い出されるのは、cartes Á jouerツアーの打ち切り最終公演となってしまった、2020年2月11日の大阪公演で、伊波さんが語られたことです。打ち切りが発表されるまではまだ日がありますが、世の中が徐々に不安で覆われ始めた頃です。

「私は、役を持たずに板の上(ステージ)に立つのが怖かった」

伊波杏樹として伝えたい、伝えられることがあるとわかってきた」

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キャラクターを通じて縁や仕事を得てきた方にはあることだと思いますが、生身の自分にどれだけの価値があるのか、関心を持ってもらえるのか、未だに自信が持てないと告白されているのです。東京ドームに5万人呼んで、紅白歌合戦に出ても、あれは自分の実績だと露ほども思っていない。(このひどい生真面目さは他のAqoursメンバーにもみられます)

 

それから2年間、Aqoursとしての表に出せる活動は極端に抑制され(リハはずっと続けていたとの小宮有紗さんの証言あり)、伊波さんご本人としても、いつかは武道館に立ちたいと宣言し年に1度は出してきたCDのリリースも停滞。更に、特に2020年は、舞台の仕事も決まっては流れての繰り返しで、例えば明治座凰稀かなめさんとの共演が決まっていた音楽劇『モンテ・クリスト伯』は、公演日程が5月から8月に延期と発表されると同時に、伊波杏樹さんはスケジュール上の都合で降板されてしまいます。なんということでしょう。

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ひと気のない夏の明治座はなんだか異世界だった

余談になりますが、伊波さんの代わりにマリー/エデ姫役で富田麻帆さんが出演された本作は脚本も演出も演技も素晴らしい舞台だったので、機会があれば鑑賞をお勧めします…私は富田さんのファンでもあるんですよ…でもあんちゃんのマリーもエデ姫も見たかった…設定見たらわかるけどめっちゃ合うんよ…なぜか殺陣あるし。

 

2021年に入り、世間的にも舞台は開催にこぎ着ける例が増えてくる中、伊波杏樹さんは実に6作品に出演され、舞台役者としての純度を急速に高めていくことになります。開催できるといっても、関係者に陽性者、濃厚接触者が出ればあっさり降板や中止になる、綱渡りでの開催です。舞台役者は同じカンパニーでずっと活動するわけではないので、一度延期になれば再結集は容易ではありません。最低でも興行中の2週間は、関係者全員の予定をずっと抑えないといけない事情もある。延期はすなわち中止です。人知れず生まれて消えたご縁もあったのかもしれませんが、少なくとも私の知る限り、2021年に伊波さんが出演される舞台で、公表後に中止になったものはなかったと思う。ステージが理不尽に損なわれるさまは、もう見たくないし見てほしくない。

2021年、舞台での活動がある程度順調に推移し、Aqoursの活動も明るい変化が見えてくる中、ずっと抱えていた違和感があります。

 

歌の伊波杏樹は、どうしたんだろう?

An seule étoile ~Rythme d'été~神戸公演での決意表明は?

cartes Á jouer大阪公演での告白は?

 

これ、ものすごく、失礼なことを書いています。本当にすみません。よい曲は一朝一夕に作れるものではないし、事を成すにはタイミングもある。毎週ラジオで元気な声は聞いていたので、大きな不調やトラブルの心配はしていません。いつか歌の続報もあると信じてはいましたが、2年近くも間が開くと、少しは不安にもなります。

そんな中、2021年6月に、初のフルアルバム「Fly Out!!」の制作と秋のリリースが発表されます。よかった。歌作りは続けていたんだ。でも、いまの歌に対する姿勢がどうなっているかはわからない。配信ライブの音にはそこまでの情報量はない。CDを待つしかない。

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もったいなくてオルゴール開けられない

かくして12月8日に発売された「Fly Out!!」は、舞台人のしわざの、その結晶でした。従来のNamiotOシリーズや、ライブイベントAn seule étoileシリーズとは様相を大きく変えており、舞台で培った声量や表現力を惜しみなく注ぎ込み、いわゆる声優さんのアーティスト活動とはかなり趣が異なる。全曲がA面のパワーを持った劇伴集のような作品でした。

 

でも、これは、

間違いなく伊波杏樹さん本人の曲。何かを演じているとか、架空の台本をベースにしたとかではない、全部自分の歌。

 

でも、これは、

伊波さんのペルソナの曲だ。神戸や大阪で聞いた、生身の独白の直接の延長線上にはない、もっと革命的な昇華。舞台役者として明らかに先鋭化している。何をなすべきか確信している。ここまで変わるものなのか、だが、しかし、これは、とても良い、とても良いのだけど、良いのだけど。でも、この歌は、この歌からもう一つ聞きたい声があるのです。少なくとも私は、私だけかもしれないけど。

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そうして迎えた公演当日。衣装はGHOST WRITERやMOTHERLANDご出演時のスタッフさんが作られたもの。冒頭のお辞儀も両手を腹部に重ねて肘を張り、後足を一歩引いて腰を折る、舞台女優さんがよくされるスタイル。なるほど、舞台役者だ。アルバムFly Out!!から予想していたとおりです。過去のCDの曲もナウの伊波杏樹曲にアップデートされており、コカルテの落ちサビとかゾーン入ってたよね。

私、第1部は最前列だったのですが、さぞかし頻繁に目が合ったものだと自慢しようかと思ってたらぜんっっっぜんそんなことはなく、ステージ上の世界は完璧でした。それでいい。板の上下はそう安易に踏み越えてはいけない。いかんいかん。

・・・

転機は不意に訪れました。アンコール入ってのMC。

今エンターテインメントに訪れている危機、直接顔を合わせるステージの意味、そして好きなことを仕事にして続けていく意志、再開の約束、全部話してくれました。しかも、要所要所で舞台というキーワードを入れながらです。

最後の2曲、「I promise you」「また会えるよ。」舞台の伊波杏樹と歌の伊波杏樹が一つになる瞬間を見た気がした。ペルソナが消える音がした。そんなことを気にしてたのは私だけかもしれない。

でも

こうして確かに一人一人に届く言葉を持っていること。リアルでの舞台と歌は、どちらも大切な表現の場だということ。こんな当たり前を確認したくて、その声が聞きたくて、今日この会場に足を運んだのだと、2年ぶりの満足を得たのです。

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舞台人は幸いである。舞台によみがえり、舞台で会えると知っているから。

「あを持たずに板の上(ステージ)に立つのが怖かった」 「伊波として伝えたい伝えられることがあるとわかって