無敵級*ビリーバー3周年によせて

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何者にもなれない僕らは、ささやかな孤独を誇りに生きている。あの日聞いたのは、確かに夢の始まる音だった。

7月29日で、虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会 アニメーションPV付きシングル「無敵級*ビリーバー」発売から3年になります。PV公表当初から可愛い、作画が新しい、作曲DECO*27さんじゃん!とたいへんな評判で、同年秋から放送されるTVアニメ、通称「アニガサキ」の制作陣のお披露目としても、大きな役割を果たしたものと思います。今回は歌詞の点から、この作品を振り返ってみたいと思います。

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自分のことは自分にしかわからないという孤独、でも絶望はしない

お手元に歌詞カードを用意して、注意深くご覧ください。

この歌、全部一人称なんです。人称代名詞も、シチュエーションも。声を掛ける相手は全て鏡の中の自分だけ。2番に1箇所、やや状況が判然としない「キミ」がありますが、同好会メンバー内にかすみが日常的にキミと呼ぶ相手はいませんよね。

いや、いや、いや

ラブライブ!でこんな孤独な歌詞ある?

従来のシリーズでは特に、明るい曲はチームワークやポジティブな姿勢を歌うものが多く、個人の内面に深くフォーカスする曲は、あったとしてもBlu-ray特典曲など、やや例外的な位置づけの作品が多かったように思います。「中須かすみソロ」とはいえ、節目の、目玉の作品で徹底してfor me, by meを貫いたことにかなり驚きました。

とはいえこの孤独、気に病むわけではなく、自分のことは自分にしかわからない、そんな自分とずっと付き合っていきますよという、一種の意思表明なんですよね。

こういう、内向的な性向を主題に置きつつも、表現はダウナーというよりもむしろ中立あるいはHotという楽曲は、若手のクリエイターさんにはよく見られるように思います。そういう意味で、無敵級*ビリーバーはすごく現代的にもなった。

余談ですが、中須かすみ役・相良茉優さんは、気持ちの切り替えが早いことや、自分自身の機嫌の取り方には自信があるとのことで(2022.5.28「田中ちえ美のだららんど」公開録音へのゲスト参加時の発言等)、この辺も作品に影響してそうな気がします。何しろ、「アニガサキ」のシナリオは、主要スタッフがキャストと個人面談して、キャラクターや楽曲への理解を確認した上で書いているのです。

 

「私」はオンリーワンではないが、「私の理想」は私だけのもの

今度は「アニガサキ」関連の歌詞カードを全て手元に置いてご覧ください。

無敵級*ビリーバーの詞を書かれたAyaka Miyake氏は、TVシリーズ楽曲のほぼ全曲を担当されるなど、虹ヶ咲の歌詞の中心的役割の方です。英語の歌詞も書けるようですね。

このAyaka Miyake氏、かなり意識して、冠詞を使い分けています。って気づいたのはEutopiaにやたらtheが多いなという辺りですが。

2期1話時点のランジュは自分を孤高のオンリーワン、自分のアイドル像も自分が決めるものだけでよいと思っているので、定冠詞theが多くなります。法元さんもEutopiaの歌い口は、その曲が歌われるコンテキストによって変えていると言ってますね。歌詞はさすがにそのままですが。

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逆にVIVID WORLDは迷子も悪くないと思っているので "Find a way" ですし、輝きもひとつじゃない(一人ひとり異なっていて構わない)ので "Just like a Rainbow Colors" なわけです。1期9話の朝香果林像としてはめっちゃ解像度高くないですか?自然な英文としてはどちらもtheになると思う。

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Ayaka Miyake氏の歌詞は英語名詞に冠詞の付いていない箇所の方がずっと多く、意識して使い分けているのは間違いないでしょう。

 

さてそれを踏まえて無敵級*ビリーバーを眺めてみると、"I'm a ~~~ believer/braver" と、"Hey! Girl in the mirror!" という使い分けが目に付きます。自分自身は何者でもないと思っているので不定冠詞、目の前の鏡あるいは鏡の中の少女は、自分にとっての理想像を指しているので定冠詞、というわけです。

theはgirlではなくmirrorに掛かってるのだから、単に目の前の「その鏡」以上の意味はないのでは?という解釈もあると思います。このあたりは「元ネタ」であるSnow-White(白雪姫)の "mirror on the wall" の語感に合わせた上で、歌詞の意図も通るからそのままにしたのだろうと理解しています。"Hey! Girl"という意思強めの呼びかけも定冠詞のテイストがありますし。

そして最後には "Let's go! 無敵級ビリーバー" で終わるわけですが、Let'sの相手は誰なのか、ここだけ無冠詞にした理由は何か、色々と想像できますね。

 

「アニガサキ」の登場人物は、初期のランジュなどごく一部を除いて、自分を特別な存在、星であると思っていません。「夢」についても一人ひとり異なることを当然の前提として置いています。(ネオスカ書いた畑亜貴さんはやはり凄い)

この、パーソナルスペースの堅さとそれを容易に侵さないことを共通の美徳とし、相互承認を基盤とする緩やかな連帯は、アニガサキの大きな特徴でしょう。

 

2023年7月、TVアニメ2クールにOVAまで見た時点でも、「無敵級*ビリーバー」で感じた世界観は些かも変わっていません。河村監督以下、スタッフの皆さんは作劇意図についてそれほど多くを語られてはおらず、フィルムに現れた表現が全てである、同好会メンバーの関係性も「仲間で、ライバル」というシンプルなスローガン以外はご想像にお任せしますというスタンスのようです。脚本で無理に喋らせることもしていません。

ですので、長々と書いてきたこの解釈も、私がそう思ったに過ぎません。しかし虹ヶ咲、特にアニガサキが個と多様性(内心の多様性)の尊重をテーマとしていることは多くの人が感じていることであり、無敵級*ビリーバーはその高らかな号砲だったと言えるのではないでしょうか。

 

こういう自己バフ曲大好きなんだ、、、ラブライブ!シリーズ内だと「あこがれランララン」とか。